過去記事との整合性が取れない部分もありますけど、こちらが最新の見解ですよ
2025年のサボテン科系統解析から見る
「クジャクサボテンの交配圏」
クジャクサボテンは、古くから Epiphyllum hybrid、Phyllocactus、Epicactus などの名前で親しまれてきました。
しかし現在の分類から見ると、その正体は「Epiphyllum属の交配種」という単純なものではありません。
むしろ、Disocactus属を中心として、いくつもの近縁な森林性サボテンが交配されて成立した巨大な園芸交配群と考えた方が実態に近い植物です。
そして2025年、サボテン科全体を数百の核遺伝子から解析した大規模な研究、
“Phylogenomics and classification of Cactaceae based on hundreds of nuclear genes”
が発表されました。
この研究では、Angiosperms353を用い、170種、サボテン科の約90%の属・主要な分離属をカバーして、サボテン科全体の系統関係を再検討しています。
この新しい系統樹を使うと、クジャクサボテンの交配親として名前の挙がってきた属が、実際にはどの程度近いのか、かなり見えてきます。
クジャクサボテンの「本丸」は
Hylocereinae
2025年論文では、クジャクサボテンに関係する主な属の多くが、
Cactaceae
→ Cactoideae
→ Phyllocacteae
→ Hylocereinae
という一つの亜族にまとまります。
Hylocereinaeに含まれる属は、
Acanthocereus
Aporocactus
Disocactus
Epiphyllum
Hylocereus
Kimnachia
Pseudorhipsalis
Selenicereus
Weberocereus
です。
そして、この2025年論文には非常に重要な記述があります。
Hylocereinaeは、栽培下で属間交配が容易なことで有名なグループであり、3属以上を祖先に持つ「epicacti」まで存在すると述べています。
さらにAcanthocereusを除くHylocereinaeについて、著者らは非常に印象的な表現を使っています。
“Epiphyllum comparium”
つまり、「Epiphyllumを中心として互いに交配可能な巨大な仲間」とでも訳せるような概念です。
これは、クジャクサボテンという園芸植物群の正体をかなり端的に表しています。
交配圏 LEVEL 1
クジャクサボテンの中心核
Disocactus
Aporocactus
Epiphyllum
Pseudorhipsalis
Kimnachia
まず最も注目したいのが、この一帯です。
2025年の解析では、
Epiphyllum
Pseudorhipsalis
Disocactus
Aporocactus
が非常に近い位置に現れ、Epiphyllum と Pseudorhipsalis が、Disocactus+Aporocactus に連続して姉妹群となる関係が強く支持されています。
特に Disocactusは、現在のクジャクサボテンを理解する上で中心になる属です。
過去には Epiphyllum属 として扱われていた種の一部も、現在は Disocactus へ移されています。
代表例が、
Epiphyllum crenatum → Disocactus crenatus
Epiphyllum anguliger → Disocactus anguliger
です。
2016年のDisocactus分子系統解析でも、E. anguliger、E. crenatum、E. lepidocarpumなどが、Disocactus側へ入ることが示されました。
これは、古い交配記録に、
「Epiphyllum × Disocactus」
と記録されていても、現在の分類へ読み替えると、
Disocactus × Disocactus
になってしまう場合があります。
クジャクサボテンの交配史を調べるとき、ここは非常に重要です。
交配圏 LEVEL 2
同じHylocereinaeにいる強力な交配候補
Selenicereus
Hylocereus
Weberocereus
次がこのグループです。
Selenicereus、Hylocereus、Weberocereusも同じHylocereinaeに属します。
特に Selenicereus と Hylocereus 周辺は系統関係が複雑で、2017年の研究では、Hylocereusを広義のSelenicereusへ含める案も提出されました。
しかし2025年論文では、現時点のデータで全てをSelenicereusへまとめてしまうのはまだ早いとして、Hylocereusを独立属として扱っています。
これは園芸上も面白いところです。
見た目には、「巨大な夜咲きの三角柱サボテン」と「偏平茎のクジャクサボテン」ではまるで別物に見えます。
ところがDNAの地図を開いてみると、かなり近い親戚。
クジャクサボテンの育種で Selenicereus などが登場することに、系統的にもそれほど不思議はありません。
交配圏 LEVEL 3
同じ亜族だが少し外側
Acanthocereus
AcanthocereusもHylocereinaeです。
ただし2025年の系統樹では、Acanthocereus は残りの Hylocereinae 全体の姉妹群 として位置しています。
つまり同じ家の中にはいるけれど、クジャクサボテンの中心グループから見ると、最初に枝分かれした側です。
しかも2025年論文自身が、Hylocereinae except Acanthocereus を “Epiphyllum comparium” と表現しています。
そのためAcanthocereusは、「同じ交配圏にかなり近いが、クジャクサボテン本流とは少し距離がある。」くらいに考えるのがよさそうです。
交配圏 LEVEL MAX
Pfeifferaはクジャクサボテンの本流ではない
昔の森林サボテン分類を見ると、Pfeiffera は Rhipsalis や Lepismium などと一緒に扱われたり、クジャクサボテンに近い植物として紹介されたりすることがありますが、現在の系統解析では事情がまったく違います。
2025年分類では、
Pfeiffera
→ Phyllocacteae
→ Corryocactinae
です。
一方クジャクサボテンの中心は、
Hylocereinae
です。
つまり「同じ Phyllocacteae ではあるが、亜族が違う」。
2010年の Pfeiffera分子系統研究 でも、Pfeiffera が Rhipsalideae から独立した系統であることが示され、見た目の類似のかなりの部分が、着生生活への収斂進化によるものだと考えられています。
したがって、Pfeifferaを普通のクジャクサボテンの交配親の一つとして並べるのは、現在の分類ではかなり無理があります。
もちろん系統的距離だけから「絶対に交配しない」と断言することもできません。
ただし、Disocactus、Epiphyllum、Selenicereusなどと同じ「通常のクジャクサボテン交配圏」として考える植物ではありません。
Mission Impossible
Strophocactus も Deamia も別ルート
Strophocactus wittii も、かつては Selenicereus の近くに置かれていました。
しかし2025年分類では、
Strophocactus → Corryocactinae
です。
しかもS. wittiiは、系統解析上では 旧Pseudoacanthocereus群 と結びつきます。
見た目が森林性で、長く這い、巨大な夜咲き花を咲かせるからといって、必ずしもSelenicereusの仲間ではない。
森林サボテンの分類の面白さを象徴する例です。
Deamia testudo なども昔は、 Selenicereus や Strophocactus 周辺で扱われました。
ところが2025年論文では、
Deamia → Echinocereinae
とされます。つまりHylocereinaeではありません。
2025年論文も、Deamia を Selenicereus から除外することについては、今回の核遺伝子データから明確に支持されるとしています。
森林性という生活様式だけを見ると近く感じますが、DNAの地図では別の枝です。
Rhipsalis、Lepismium、Schlumbergera
は、もっと別系統
現在、
Rhipsalis
Lepismium
Hatiora
Rhipsalidopsis
Schlumbergera
は、
Rhipsalideae
という独立した「族」にまとめられています。
つまり、Hylocereinaeとは亜族違いですらありません。族そのものが違います。
見た目はどちらも森林に着生するサボテンですが、それぞれ別々に森林生活へ適応してきた系統です。
そのため、「Rhipsalis も森林サボテンだからクジャクサボテンと交配できそう」という発想は、現在の系統分類から見るとかなり危険です。
Schlumbergera についても同様です。クジャクサボテンと同じ「平たい茎」を持つものがありますが、その平たい姿は近縁性そのものを示すものではありません。
森林という同じ舞台に上がった結果、別々の役者が似た衣装を着るようになった、ということでしょう。
系統樹の遠く向こうから
橋を架けた Echinopsis
クジャクサボテンの交配を考えるうえで、最も意外性のある存在のひとつが Echinopsis です。
2025年の分類では、クジャクサボテンの中心となる Aporocactus、Disocactus、Epiphyllum、Selenicereus などは、Phyllocacteae → Hylocereinae に位置します。
一方、Echinopsis は、Cereeae → Trichocereinae に位置します。
見るかぎり、系統樹の上では通常のクジャクサボテン交配圏からかなり離れています。
さらに2025年論文では、旧来の Trichocereus s.s.、Soehrensia、Helianthocereus、Lobivia などの大部分を広義の Echinopsis s.l. に含めています。
したがって、古い園芸文献に登場する「Trichocereusとの交配」も、2025年の系統分類から見ると、Echinopsis系統との交配として読み直すことができます。
そして、この遠い距離を実際に越えた非常に重要な例があります。
ドイツの著名なサボテン育種家 Robert Gräser(ロベルト・グレーザー) が作出した、
‘Gräsers Vermächtnis’
です。
その交配は、Aporocactus flagelliformis ♀ × Trichocereus candicans ♂ というものです。
Robert Gräser は何度も交配を試み、1951年4月末に初めて交配に成功したとされています。
Aporocactus側にできた果実は非常にゆっくり成熟し、約1年半後に採取され、その種子から実生を得ることができました。後年Karl Eckert も、この交配を当時の愛好家にとって「センセーショナル」な出来事だったと紹介しています。
さらにEPIGの資料索引でも、Aporocactus flagelliformis が ‘Gräsers Vermächtnis’ の母株、Echinopsis(syn. Trichocereus)candicans が花粉親として明記され、‘Gräsers Vermächtnis’ そのものも掲載されています。
2025年の分類体系からこの交配を見直すと、さらに面白くなります。
母親の Aporocactus は、Phyllocacteae → Hylocereinae
父親の旧 Trichocereus candicans は、Cereeae → Trichocereinae → Echinopsis s.l.
2025年論文では Aporocactus を Hylocereinae に置き、Trichocereus s.s. を Echinopsis s.l. へ含めています。
つまり ‘Gräsers Vermächtnis’ は、単なる「近縁属間交配」ではありません。
PhyllocacteaeとCereeaeという、異なる族に属する系統を園芸家が実際に結びつけた交配例です。
2025年論文は Hylocereinae について、栽培下で属間交配が容易であり、三属以上を祖先にもつ“epicacti”まで存在すると明記しており、Disocactus、Epiphyllum、Aporocactus、Selenicereus などの間に広い交配圏が存在すること自体は、系統的にもそれほど意外ではありません。
しかし ‘Gräsers Vermächtnis’ は、その交配圏の外側へ飛び出しています。
「近いから交配できた」のではなく、「これほど遠いのに、交配が成立した」というところに価値があります。
そして ‘Gräsers Vermächtnis’ は、そこで行き止まりになった植物でもありません。
Robert Gräser はこの系統をさらに育種へ利用し、その後代から ‘Gräsers Schönste’ などの著名な品種が生まれました。‘Gräsers Schönste’は、‘Gräsers Vermächtnis’系統と別のTrichocereus・Echinopsis系統をさらに組み合わせた複合交配です。
当ショップでも現在、その後代にあたる ‘Gräsers Schönste’ を栽培しています。
‘Gräsers Schönste’ を眺めると、その祖先には1951年にRobert Gräserが成功させた、Aporocactus flagelliformis × Trichocereus candicans という、現在の系統樹から見ても大胆な交配が生き続けています。
国内にも三橋氏の残した 『タイタン』 という、Selenicereus と Echinopsis を結びつけた交配として伝わる品種があります。
さらに当ショップのオリジナルでも、通常ならかなり距離を感じる交配由来の実生をいくつか育成しています。
たとえば、‘ Chiba – Kid ’ × Gymnocalycium anisitsii (翠晃冠) の実生が現在2苗、非常にゆっくりながら生育しています。
こうした例を見ると、Echinopsis を単純に「クジャクサボテンから遠いので交配圏外」と切り捨てることはできませんですよ。
系統樹は交配可能性を考えるための極めて重要な地図です。しかし、その地図に描かれた距離が、そのまま越えられない壁になるとは限らない。
‘Gräsers Vermächtnis’は、その壁に実際に穴を開けた歴史的な植物です。
そのため、このページでは Echinopsis を、
★☆☆☆☆+?
「系統的にはかなり遠い。しかし‘Gräsers Vermächtnis’という実証例がある、まさかの期待枠」
として扱いたいと思います。
現在の「交配圏」を並べると
あくまで系統的位置+現在知られているHylocereinaeの高い属間交配性から見た目安ですが、UMBER KELPでは次のように整理したい。
この★は「実際の結実率」を示すものではありません。系統的距離と、既知のクジャクサボテン交配圏を視覚的に示したものですよ。例えば Epiphyllum とその他の Disocactus などは、なにか交雑しないシステムがあるのだろうと思う。
| 段階 | 属 | クジャクサボテンとの位置 |
|---|
| ★★★★★ | Disocactus / Aporocactus / Epiphyllum / Pseudorhipsalis / Kimnachia | 中心部 |
| ★★★★☆ | Selenicereus / Hylocereus / Weberocereus | 同じHylocereinaeの主要交配圏 |
| ★★★☆☆ | Acanthocereus | 同じHylocereinaeだが基部側 |
| ★★☆☆☆ | Pfeiffera / Strophocactus | Phyllocacteae内だがCorryocactinae |
| ★★☆☆☆ | Deamia | Phyllocacteae内だがEchinocereinae |
| ★☆☆☆☆ | Rhipsalis / Lepismium / Schlumbergera / Hatiora / Rhipsalidopsis | 別族Rhipsalideae |
| ★☆☆☆☆+? | Echinopsis | 別族Cereeae。系統的には遠いが、属間交配の実例があり「例外枠」として非常に興味深い |
系統樹風にすると
Cactaceae
└─ Cactoideae
│
├─ Phyllocacteae
│ │
│ ├─ Corryocactinae
│ │ ├ Pfeiffera
│ │ └ Strophocactus
│ │
│ ├─ Hylocereinae (クジャクサボテンの中心)
│ │ ├ Acanthocereus
│ │ └ 主交配圏
│ │ ├ Disocactus
│ │ ├ Aporocactus
│ │ ├ Epiphyllum
│ │ ├ Pseudorhipsalis
│ │ ├ Kimnachia
│ │ ├ Selenicereus
│ │ ├ Hylocereus
│ │ └ Weberocereus
│ │
│ └─ Echinocereinae
│ └ Deamia
│
├─ Rhipsalideae
│ ├ Rhipsalis
│ ├ Lepismium
│ ├ Hatiora
│ ├ Rhipsalidopsis
│ └ Schlumbergera
│
└─ Cereeae
└─ Trichocereinae
└ Echinopsis
実際の2025年系統樹には未解決部分もあるため、この図は論文の完全な分岐順を再現したものではなく、この記事で扱う属の「分類上の位置」を分かりやすく模式化したものです。
クジャクサボテンとは何なのか??
ここまでを見ると、「 Epiphyllum hybrid 」という名前がかなり奇妙に感じられるかもしれません。
現在の Epiphyllum属だけを交配した植物ではないからです。
クジャクサボテンとは、Disocactusを核として、Epiphyllum、Aporocactus、SelenicereusなどHylocereinaeの複数属が長い年月をかけて交雑して成立した園芸植物群と考える方が自然です。
分類そのものも変化しています。
昨日までEpiphyllumだった原種が、今日の分類ではDisocactus。かつてDisocactusにまとめられていたAporocactusが、再び独立。HylocereusをSelenicereusへまとめる考えが出たかと思えば、2025年論文では再び独立して扱う。
クジャクサボテンの交配記録は、この動き続ける分類史の上に積み上げられています。
そこが、この植物群のややこしさであり、同時に最大の面白さでもあります。
参考文献
de Vos, J.M. et al. 2025.
Phylogenomics and classification of Cactaceae based on hundreds of nuclear genes.
Plant Systematics and Evolution 311:28.
Korotkova, N., Borsch, T. & Arias, S. 2017.
A phylogenetic framework for the Hylocereeae (Cactaceae) and implications for the circumscription of the genera.
Cruz, M.Á., Arias, S. & Terrazas, T. 2016.
Molecular phylogeny and taxonomy of the genus Disocactus (Cactaceae), based on the DNA sequences of six chloroplast markers.
Korotkova, N., Zabel, L., Quandt, D. & Barthlott, W. 2010.
A phylogenetic analysis of Pfeiffera and the reinstatement of Lymanbensonia as an independently evolved lineage of epiphytic Cactaceae within a new tribe Lymanbensonieae.
Calvente, A. et al. 2011.
Molecular phylogeny of tribe Rhipsalideae (Cactaceae) and taxonomic implications for Schlumbergera and Hatiora.


